三朝温泉と倉吉白壁土蔵群

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比婆の自然紹介ビデオ・写真(旅行にて)

三朝温泉と倉吉白壁土蔵群

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三朝温泉

鳥取県東伯郡三朝町にある温泉です。三徳山の麓に湧く温泉で、発見されたのは約800年前といわれています。
世界屈指のラジウム泉で、日本一のラドン含有量を誇っています。
温泉地を貫く三徳川のせせらぎの音、カジカガエルの鳴き声が響く温泉としても有名です。
三朝橋の辺の川辺に湧く「河原風呂」は混浴露天風呂です。
本格的な療養温泉でもあり、温泉医療のメッカとしても知られ、国立病院や大学病院、温泉研究所などがあります。また温水床暖房を持った長期滞在者向けの旅館や自炊宿もあります。
三朝温泉観光協会
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倉吉白壁土蔵群

倉吉市内を流れる玉川沿いには、昔ながらの土蔵や商家の町並みが保存され、往時の倉吉の面影を残しています。
白壁土蔵の多くは、江戸、明治期に建てられ、しっくいの白い土壁、焼杉の黒い腰板、赤い瓦などが、懐かしい風情をかもしています。
白壁土蔵群の一角は、ショップや工房などに改築され、倉吉の観光名所となっています。
倉吉観光情報

足湯
三朝温泉は1163年に発見されたという歴史的な温泉で、源頼朝の家臣、大久保左馬之祐(さまのすけ)が源氏の再興を祈願し、三徳山三佛寺に赴いた折に命を救った白狼が夢枕に立って、楠の老木から湯が湧き出ていることを教えたといわれています。
明治以降、与謝野鉄幹、与謝野晶子、野口雨情、志賀直哉、斎藤茂吉、島崎藤村など多くの文人も訪れています。
倉吉白壁
倉吉はかつては、伯耆国の国府・国分寺・国分尼寺がおかれていました。
慶長19年(1614年)安房館山城主里見忠義が勢力争いに巻き込まれる形で大久保忠隣に連座し転封を命じられ、倉吉にやって来ました。忠義は29歳で失意のうちに亡くなります。
遺言により、遺骨は殉死した8人の家臣とともに倉吉の大岳院に葬られました。その8人の家臣の戒名に「賢」の文字がつけられたところから「八賢士」といわれ、その里見忠義と8人の家臣をモデルとして、滝沢馬琴の壮大な歴史ファンタジー「南総里見八犬伝」が生まれました。



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写真データ

撮影期日:2010年9月29日
使用機材:PENTAX K20D、PENTAX DA16-45mmF4EDAL

□三朝温泉は世界に誇るラドン線
ラドンの微量な自然放射線は人体に刺激を与えます。
三朝温泉の地に湧く温泉は、地熱で温まったものですが、土地全体に流れる地下水にも同じ成分を保有しています。
ラドンの微量な放射線・熱は細胞に刺激を与え、新しい細胞がどんどん増え、体内の新陳代謝が促進されます。これにより、体の免疫力や自然治癒力が高まります。
三朝に住む人たちの「ガン死亡率は全国の半分」という統計も出されています。

□効能
慢性リウマチ・神経痛・通風・高血圧症・動脈硬化症・糖尿病・気管支ぜんそく・消化器系疾患・胆肝道症疾患・アトピー・肩こり・腰痛・冷え性・疲労回復など



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